2011年5月31日火曜日

池の鯉とる

定則は、手づからとらむとて狩衣ぬぎて池の瀬に降りつ。足音を聞きて、人の顔も知らねば、餌の程にや思ひけむ、魚どもにはかにこぞりて黒う群がりぬ。波立て、池の面盛り上げ、人の指も食はなむばかりに、近からである弘雅だに恐ろしうぞ覚ゆる。あれ、あれとなだめつつしやをらかがまりて腕差し入るるほどに、かい消つやうに散りぬればえとらずなりぬ。腹立ちて、弘雅こそ、と言へば、かれはをぢなき人にて、むつかりて踏みも入れず。泥こそ池の守にてあれば池の鯉取るべしとてにらむ。

泥の先づ甕に水をこそと言ひて水汲めば、定則かやうのことだにせで池にも入りつるよとはしたなく覚ゆれど色にも見せず。腕差し入るれば、あやしう、一匹用知りたるやうに泳ぎ来たりて、いとやすげにぞ掴みて甕にはこびにける。

2011年4月4日月曜日

昼つ方、池の橋にさだのり(定則)、ひろまさ(弘雅)来たり。さだのり大きなる甕、ひろまさは杖持ちて、ひぢ(泥)やある、ひぢやある、池の鯉とれ、大君の若君に見せたてまつりたまはむとぞ、とをめく。聞きて出づるに、杖の見ゆれば、あなゆゆし、われをしたたか打ちし杖なりとていみじう怖ぢぬ。橋かげにささと逃ぐるを見とがめつれば、呼びて、鯉とれ、とらねばうつとおどすぞあながちなる。

2011年3月28日月曜日

餌袋

庭の池の橋の影に伏したるはあやしき男になむありける。ひぢ(泥)といひて、春つ方、厨に入りにし盗人の、いかなる縁にかあらむ、やがてここに仕ふるぞあさましかりける。さるは、大君のあはれがりてとどめ置かせけるなりけり。あらず、なほ許したまはでをりふし懲ぜむとてこそ、大君ゆゆしき御癖なむはべなる、と言ふもあり。あやしき水干姿にて、なにとも知らぬさまにて立てるこそあはれなれ。

似気なう、きらきらしき袋めくもの持ち取りて食ふをあやしがりて、たより(頼)、なにをか食ふ、いみじき禄や得たると問へば、あらず、鯉の餌袋にこそ、腹のわびしかりつれば、さしも悪しからざりけるは、といらふるぞあさましき。いさ、といへば、いかでか、と逃ぐるやうに去ぬ。さかしき池の守にこそありけれ、顔などやすこし魚に似てきたらむ、と笑ふ。

2011年3月2日水曜日

甕よりつき出で

若君幼くておはするほどに、甕は胸ばかりの丈にて見たまふ。中を覗けば、をのこの腿ばかり、大きなる鯉、われ猛しげにぞ泳ぎゐたる。およびだに差し入らば食はれなむともおぼえむかし。日も暮れなむとすれば、甕の底のあやなどもさやかならずおぼろけにてくらくらと揺ればあやしう、物に酔ひたる心地ぞしたまふ。しばし身じろきもせで見ゐたまへるに、にはかに震ひて躍りあがり、鯉、水をつき出でて床に落ちぬ。人びとうち驚きて声あげてさわぐ。

2011年2月19日土曜日

橋のたもと

例の年ならずさみだれといふことのなきに、殿には階のもとの薔薇夏知り顔に開きたり。屋の奥はなほ涼しげなるを、庭には池の面を揺らす風のひと吹きだになくて、中の島はゆらゆらとかげろふに揺らぎて見ゆ。橋の下ばかりぞ影くろくて、頭もたげて覗くほどに鯉どもの泳げるがおぼろに見ゆるに、従者の頼(たより)といふ、おそろしきにかしらの毛ふとる心地ぞしける。

島のかたへの橋のたもとに、なににかあらん、うごくものあり。小暗ければ昼になれたる目にはやがてそれともわかず。

2011年2月15日火曜日

大甕

日傾き、ものまゐりはて酉の刻ばかりなりけり。日ごろ例ならず日照りがちなるに、夕涼みといふころなれば、すこし涼しき風などもや吹きぬらむ、御簾ばかりをおろしてみな廂のほどにぞゐたまへる。父中納言はあるやうあるべきにてまかりたまへりけり。大君女房ども若君の幼き御もの言ひをらうたくあはれがりなどしたまふ。もの縫ひなどするもあり。ややありて御乳母子の定則(さだのり)弘雅(ひろまさ)などして、昼つ方用意せさせつる、甕の大きなるに池の鯉をぞ遊ばせたるをおこさせたまへり。若君は池のいををば見知りたまへりやと、女房どもざれさわぐ。君の日ごろ近くには見倣はぬにや、怖ぢつるさまもをかし。ところにつけて歌などよみけれど、もらしつ。

2011年2月10日木曜日

あやめ草

父中納言は午の刻ばかりにおはしぬ。網代車にうちとけて狩衣姿にて、中将の若君、これは中の君の腹にて三歳ばかりなりけり、かい抱きてひとつ車にておはしけり。中の君なやましくはべればえ参らぬこそ口惜しけれ、とのたまふ。もろともにおはさましかばあはれなることどももおのづからきはぎはしからで語らひたまはましを、若君のみにては遅れたまふ身の知られたまはむこそなかなかならめと、女房どもさかしらがれり。大君は正身にもさこそ深からね疎ましうおぼえつるを、若君の薬玉持ち幼くてありきたまふらうたげさにぞうちとけたまひて、見えたまひて後はただかなしくあはれにぞ見たまふ。薬玉に結ひて、

君がため玉にむすべるあやめ草千尋のゆかり千代にとぞ思ふ

御返りごとには、

あやめ草ねのみなかるる玉の緒も君し思へば長くとも思ふ

とぞ。

前回の反省:

平安時代にも厨房のことを「かしき」と言ったかどうか。古語辞典には出てないんだよな……。

2011年2月5日土曜日

鯉盗人

九条の大殿には父大臣けふなむ参りたまふとていみじうさわぐ。厨(くりや)にも女どもあまたさぶらへり。薬食ひと言ひて鯉などもありけるに、いづくよりか入りにけん、あやしき下衆のをのこ来たりて盗みにけるを、侍ども見とがめてとらへてけり。などさやうの悪行をばしつるといと辛く責むるに、をのこの言ひけるは、法師の説法には罪あまたしける人のただひとつの善業によりて許さるるもありけりとなむ聞きし。おのれかやうにわびしくはべればやがて死ぬべし、いまは魚の命も生けてこそおのれも助からめとてしつるなり、とぞ言ひける。さかしうも言ひつるものかなとて、侍どもいみじう笑ひけり。ややありて大君これを聞きたまひて、

あなたふと御法の道のゆかしきに入りて仏にこひねがふかな

2011年2月2日水曜日

通りに繋がれたる犬のいみじう鳴けるを見て、などてさやうにかしかましうも鳴くと人の言ひつれば、あないみじ、われもむかしは人なりけるをたれもたれも見つけぬぞ心憂き、さばかり執念くをめきつるに、ひとのさらに心得ぬこそあやしけれ、あはれのことや、などや言ふらむといらへけるこそおかしけれ。さやうのかたになして見ればさしもおぼゆるかし。まことに、あしき人の畜生になりかはりにけるなどはさやうにこそおぼゆらめ。

あなつれなあやめもしらずなきをればひるよるもなくいぬるだにえず

前回の反省:

反省というか、歌はね……。作ったときにはようやくそれっぽくなったと思っても、あとから見ると言いたりてなかったり意味不明だったり。いちおう断っておきますが、こないだの三首はあれで真剣に考えてまとめたんだよ。……まあしかたない。あと古今和歌六帖が欲しくなるね。

2011年1月29日土曜日

春歌三首

春立ちて風はきのふの風ながらけふはとくらむ峰の白雪

春の夜の月の照らせる枝の雪も香の隠れねばそれと知りけり

君がため干つるともなきわが袖もけふは若菜にかこつべきかな

前回の反省。

「ことばの花」というのは(本文にも書いたけど)やっぱり新しい感じがする。辞書で見つけてしまったので安易に使ったが、用例は風雅和歌集からであった。

さて春の歌。馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、馬鹿馬鹿しいことをまじめにやるのがこのブログの趣旨なのでその批判には甘んじる。本当は火曜から十首作る意気込みだったがとても無理だった。

2011年1月25日火曜日

なにはづ

なほ言加へむ。冬ごもりと名付けたるは、なにはづの歌になむよれる。
なにはづに咲くやこの花冬ごもりいまを春べと咲くやこの花
この歌は安積山と並びて手習ふ人のはじめにもしけり、と古今集の仮名序には言へり。冬ごもりことばの花の咲く春べ来るらんときはいつしかとまつ、など言はんこそ歌がましう、うるさからめ。

 ことばの花、といふ文字、あまり新しきにや。

前回の反省。
  • 歌の意味が不明ではないか(笑)。
  • 「たはぶれしことなむありける」ははじめ「たはぶれしこともなむありける」としようとしたが、「もなむ」の例が少ないということなので入れなかった(『古代日本語文法』p. 190)。しかし使ってもよかったか。
  • 「ものの知らねば」はいわゆる「『を』に通う『の』」のつもりでそのようにした。
  • 「はしたなきことありなんこそ心憂けれ」がなんか自信ない。「はしたなきことのありなんこそ……」「はしたなきこともやありなんとこそ……」のほうがよかったのかな。

2011年1月22日土曜日

冬ごもり

冬ごもりこのまこのまにふりつめば言の葉見えん春ぞ来たらん

これよりはいにしへざまに書くべし、とたはぶれしことなむありける。いま、をこごとならで、と言はんいとあやしからん。ものの知らねば、をかしき筋うち出で来、はしたなきことありなんこそ心憂けれ、いかがはせん。おのが幼きを知らずはなかなかならん。

まづあやしき歌よりはじめつ。これは玉勝間をまねびてかくしつるなり。

はじめに

数年前から、古文を読むようになった。それで pearlyhailstone というブログを書いたりもした。

古文はおもしろい。しかし、辞書と文法だけではわかったと言い切れない文章にもよくぶつかる。なので自分でも書くことにしました。はっきりいって自分でもあたまおかしいと思うけど、やってみないとどうなるかはわからない。半年やったらどうなるか、一年続けたらどうなるか。

方針としては、


  • 文体は主として平安時代の日本語を手本にする。そうするのがいいと本居宣長も『玉勝間』かどこかで言ってたし。

  • 無理矢理現代語を混ぜない。つまり実質書ける内容は制限されるということだが、まあ意味のある制限だろう。

  • とにかく何か書く。現時点で何を書いたらいいのか、正直まったくわからない。和歌を作れればいいのかもしれないが、それは難しそうだ。それにくじけずがんばる。



とりあえず、この挨拶だけは現代語で書きました。あ、あと、べつに気が違ったわけではないので(笑)、ご意見ご指摘ご感想等のコメントは現代語でくださってかまいません。たぶんものすごく孤独な戦いになると思うので何か書いてくれると心が安まります。とりあえず、前回(pearlyhailstone)同様、一年をめどにがんばります。

いざ。