2011年5月31日火曜日

池の鯉とる

定則は、手づからとらむとて狩衣ぬぎて池の瀬に降りつ。足音を聞きて、人の顔も知らねば、餌の程にや思ひけむ、魚どもにはかにこぞりて黒う群がりぬ。波立て、池の面盛り上げ、人の指も食はなむばかりに、近からである弘雅だに恐ろしうぞ覚ゆる。あれ、あれとなだめつつしやをらかがまりて腕差し入るるほどに、かい消つやうに散りぬればえとらずなりぬ。腹立ちて、弘雅こそ、と言へば、かれはをぢなき人にて、むつかりて踏みも入れず。泥こそ池の守にてあれば池の鯉取るべしとてにらむ。

泥の先づ甕に水をこそと言ひて水汲めば、定則かやうのことだにせで池にも入りつるよとはしたなく覚ゆれど色にも見せず。腕差し入るれば、あやしう、一匹用知りたるやうに泳ぎ来たりて、いとやすげにぞ掴みて甕にはこびにける。